鬱った

昨年の末から体の調子が悪いと思っていたら、心の調子が悪かった。

肩こりがひどく、右目が痙攣した。

「こはいかに」と思い色々調べたらどうやら心の方に原因があるのではないかとのことをグーグル先生が教えてくれた。

 

自分はSEOライターというヤクザな商売をやっている。

SEOは「search engine optimization」の略称で、グーグルの検索結果で上位を獲得するための文章を書く仕事だ。

あぁ、こうやって言葉に書き起こしてみると、ずいぶん自分もIT用語にヤラれたなと感じる。

理由の詳細は省くが、とにかく因果でヤクザな商売である。

一度、本当に困ったとき、あるKWで検索したところ自分の記事が上に上がってきて、さらに困ったことがある。

自信のある記事ではあったが、自分が知らないことを知ろうとしているときには、とても複雑な気分になる。

それ以来、あまり検索結果を信用していない。

 

とはいえ、自分の状態を調べる術が他に思い浮かばなかったので、とりあえずグーグルの情報を信じるしかなかった。

 

 

当初は「心なんだからどうにかせねば」と奮起してみたが、どうにもうまくいかない。

肩には石が乗っているみたいだったし、右目はタイピングとリズムを合わせるようにして痙攣するし、ついには人の言葉がわからなくなり、しゃっくりを我慢しているみたいな話し方をしてしまうこともあった。

そして、自分の言葉を文章にできなくなった。

 

近辺で心療内科を探してみる。

1軒目、予約が1週間先まで埋まっているとのこと。さすがに待てない。

2軒目、直近だと明日の午前中しか空いてないとのこと。都合が悪く辞退。

3軒目にしてようやく都合の良い日時での予約が取れた。

こんなに予約が取れないものなのか。

 

初診日はずいぶん寒く、年の瀬らしい週末だった。

向かう途中、ちょっと緊張していた。

ありきたりなセリフだと自分でも思うが「まさか自分が」を頭の中で繰り返していた。

 

一軒家みたいな医院で、入り口の前には灰皿が置いてあって、すでに先客がいた。

彼のタバコを持つ手は震えている。

寒さによるものではない気がしたが、先入観のような気もして、その判断は先送りにして中に入った。

 

まだ朝の9時だというのに、待合席のほとんどが埋まっていた。

受付にいる人は全員カジュアルな服装で、ずいぶん昔に行った児童館を思い出した。

このときもまだ「まさか自分が」を繰り返していた。

 

2時間待たされた。

ただ、短かったように思える。

 

初診ではカウンセラーとの対話から始まるものらしく、診察室とは別のカウンセリングルームに通された。

部屋はオレンジ色の薄い照明に照らされていて、なんだかぼんやりとしていた。

たぶんリラックス効果とか、心理学的に色々配慮されているのだろう。

電話が置かれていて時折光ったが音は出なかった。

 

カウンセラーは自分より年齢が少し上の女性だった。

穏やかな口調で受診に至った経緯を聞かれ、それがひと段落すると、自分の生まれからこれまでの軌跡を事細かに話すように言われた。

 

カウンセリングでわかったのは、自分が典型的な鬱状態になっているということだった。

最近の状態を話している間、カウンセラーの女性は自分の言葉の節々をメモしていった。

それをじっと読んでいるうち、素人でも自分が「鬱なんだな」ということがわかった。

少し笑った。

仕事も滞りがちになり、バカとなり、建設的な話ができなくなっていた自分にとっては、それがわかっただけでも心が空いた。

 

その後また待合室へ放り投げられる。

見覚えのある男が座っている席の右隣が空いている。

さっきタバコを吸っている男だった。

暖かいのに、手が震えていた。

彼の隣へゆっくりと腰を下ろす。

振動が左の腕に伝わった。

 

その5分後、自分の名前が医院に響き渡り、診療室へ入るよう言われた。

 

続く。